レビンソンな1日


2003/6/23

よっしーさんと鎌倉のpippinさん&N教授のお宅に再び訪問してきた。実にレビンソンな一日となった。

   

pippinさんのお宅は前回の訪問時から比べるとシステムに変更があった。メインのJBL4343とMX10000やGT2000X、GT-CD1は核として鎮座していたが、部屋に通された時最初に目を引きつけられたのはMark LevinsonのプリアンプML-1であった。他にもYAMAHAのレアなエレクトリック・クロスオーバーEC-1とB-2Xが置いてある。という事はpippinさん、とうとうマルチに手を出されたという事に他ならない。

     
YAMAHAのエレクトリック・クロスオーバーEC-1を使い300Hzでカット 上をB-2X、下をMX-10000で鳴らしている

早速音を聴かせて頂く。う〜ん、前回の訪問時に比べると音の傾向はガラッと変っていた。マルチの性か?否そうではなさそうだ。プリアンプの変更が要因のように思えてならない。

前回訪問時のプリはYAMAHAの傑作C2−X。その時の音の印象は既述の通り一言で言うとナチュラル。刺激的な音は出さず自然でバランスの取れた聴きやすい音であった。

一方今回ML-1の音は? JBL4343が前回とは別物のように鳴っていた。音が分厚い。そして力強い。低域も高域も音が前へ前へと飛び出す。

ナチュラルという言い回しは穏やかという意味合いもふくまれるが、今回の音はリアルという言葉が似合う。持参した山中千尋のCD
「Living Without Friday」、ピアノのタッチがとても力強くゴンゴンと響く。拙宅のシステムで聴いたときの印象とかなりちがう。千尋さんの二の腕が一回り太くなり、指の腱も鍛えられたようなイメージだ。同席したよっしーさんも暫くは無言だった。そして私とほぼ同時に出た言葉、「プリアンプが全体の音を支配している.....」

pippinさんも現状の音にほぼ満足されていらっしゃるようだ。終始顔がほころんでいらした。その幸せそうなお顔を拝見していると、こちらまで何だか嬉しくなってくる。こういうオーラは人に伝わる。システムの基本はほぼこれで完成されたといってもいいのではないだろうか。細かい調整、例えばSPのセッティングやMCトランスの導入等はこらから少しずつ行なわれると思うが、pippinさんは私より一足先にリーチをかけてしまったようだ。


何より羨ましいのは家族全員が集まるリビングにシステムが溶け込んでいることだ。普段の日常生活、しかもお子様も含めてご家族の中に音楽が自然と流れている、こういうスチエーションは拙宅では味わえない。私など不遜だが最近逆ストレスになっているところもある。

昼食後N教授のお宅に訪問する。前回デジカメで撮ったデータをメモリーごと紛失してしまい、インプレも不完全なまま終わってしまったので、今回は帰宅後すぐに画像データをPCに取り込んだ。

N教授の簡単なプロフィールを。JAZZ一筋を聴き続けて齢七十歳をゆうに超えていらっしゃる。以前大学の医局に勤めていらしたお医者様で、今でも土日は現役で診療に当たっていらっしゃる。以前はアナログ派であったが、ここ何年かはデジタルオンリー。部屋の片隅に聴かなくなったアナログレコードの山、超ど級のプレーヤーシステムもさりげなく置いてあった。

以前少しご紹介したように一ノ関のJAZZ喫茶ベイシーの菅原さんとの親交が厚く、オイ お前の仲。先日も遊びに行ってきたばかりとか。N教授の標榜とされる音はベイシーの音かもしれない。部屋にはエルビン・ジョーンズ他ミュージシャンとのツーショットの写真が何枚もある。毎週のようにJAZZライブを聴きに出歩かれ、バイタリティの塊のような方だ。とても七十うん歳には見えない。

JBL4343を日本でほぼ一番先に導入されていらっしゃる。その後浮気せず4343をしゃぶり尽くして20数年以上。箱はオリジナルのままだが、中身はガラッと変っている。特に2インチドライバー2450Jの追加は圧巻。その前は伝説の4331。レビンソンのプリでウファーを飛ばしてしまったご経験の持ち主。

  
ステンレス製のバックカバー オーダーから1年以上待たされたという。
このカバーの着装により微振動が排除され音の粒立ちが明瞭になったとおっしゃる。

  
このウッドホーンはギター職人による手作りで一枚板から削り出しているとの事。これもオーダーから1年以上待たされたという。
075の砲金のラジエター。手入れはされていらっしゃらないが燦然と輝きを放っている。

     
マッキンのMC10004台を使ってのマルチチャンネルアンプシステム チャンデバはアキュフェーズのF-20 ネットワークはAUDIOLIFEの特製品
足元はホーム商会のオリジナルインシュレーターを使用。エンクロージャーを触るとぐらぐら揺れる。これが音にいいという。

リスニングルームが揮っている。2重サッシ窓というのはよく耳にし、またあちこちで見かける。ところがN教授邸はアルミ3重サッシ。防音ドアもよっしーさんの十八番YAMAHAの特性2重防音ドア。エア抜きの子穴まで装備されている。要は部屋の中にまたもう一つ部屋を作ったような状態だ。アビテックスの元祖のようなものだ。


これで遮音特性は40db以下であろうか。とてつもない大音量でも窓から外を見ていても道行く人は振り返りもしない。深夜でも回り近所に遠慮することなく大音量で音楽を聴くことが出来る。

因みにN教授のロケーションは西鎌倉駅そばの高級住宅街のど真ん中にある。30年近く毎日のように大音量で鳴らされていると、周辺の人には認知され西鎌倉ではN教授邸のことを知らない人はもぐりかもしれない。

  

さてその音である。私は先日既に洗礼を受けている。出だしは前回と全く同じホレス・パーランのアス・スリーから。JBL派でもマルチ派でもないよっしーさんの反応は?表情一つ変えることなく終始無言、頭を垂れたまま。(内心の想いは私には計りかねます。是非よっしーさんの日記をご覧下さい。)

私はというと、前回と同様衝撃を受けた。しかし不思議なものである。あれだけの大音量でも人間というものは慣れてくるものである。3時間も聴いているとその音が違和感なく受け入れられ、私も含め4人ともうたた寝モードになっていた。

      

正味4時間近く私的には非日常的な音量に真っ向から触れて、やはり少し疲れた。皆さんもOFF会が終わってから暫くは言葉少なであった。そんな中よっしーさんとまたもや同じ言葉が出た。「プリアンプが全体の音を支配する」紛れもなくN教授の音も Levinsonの音だ。

 

今のLevinsonの音ではない。黎明期の「作品」としてのLevinsonの音である。pippinさんの話によるともう一軒近所に Levinsonを使っていらっしゃる方がおられるという。稀にもこの西鎌倉という狭いエリアだけでも初期のMark Levinsonが3台もある。火付け役はN教授であろうか。初期Mark Levinsonの輪が西鎌倉を中心に広がっていきそうな不気味さを感じた。

今回はもっぱら音を聴くことに集中してしまったが、惜しむらくはもっとN教授とお話がしたかった。七十数年の人生経験の厚い深い含蓄のあるお話が聞けたに違いない。この楽しみは次回にとっておきましょう。


皆様お疲れ様でした。そしてどうもありがとうございました。
お陰様でレビンソンのパネルが頭の中でとぐろを巻いております(笑)