4月前半にお伺いした御田邸、伊藤邸、フィル邸、Cruel邸につきましては、落ち着いた時、Off Meetingのコーナーでレビューを書きたいと思っています。最近トピックスが溜まり、日記が過去帳の様を呈してきたので、絵日記に戻し備忘録として軽くUPしていこうと思います。
【MIKI HAYAMA LIVE】

東京TUCにMIKI HAYAMAのライブを聴きに行く。久しぶりに骨のある女性ピアニストに出逢った。鉄パイプの丸椅子に4時間座っていたが、腰や尻の痛さも忘れるほど内容の濃い演奏だった。演奏内容が充実していると、食い物やインテリアなどはどうでもいい些細なことである。本来ライブハウスはこうでありたい。店内は超満員で熱気にむせ返っていた。本当の音楽好きの客は分かっている。そしてオーナーの田中さんもよ〜く分かっていらっしゃる。やっぱりJAZZのライブはこうでなけりゃ。
それにしても早間美紀というピアニストは相当な実力者である。ソロや自分のユニットでは結構いい演奏をする人は多いが、ジャムセッションが出来るピアニストはそれ程多くはない。テクニックだけで弾きまくることは、練習さえすればすれば可能だが、JAZZは感性がものをいい、即興でインタープレイ(相手の音に反応し合い、それによって
個々を高めあい、全体を活性化させる音楽的会話)が出来てこそ実力があると思う。そこがまたクラシック音楽とは異なるJAZZの醍醐味、面白さである。
過去に鮮烈なデビューを飾ったミュージシャンも、結局ジャムセッションでインタープレイが出来ずに消えて行った。今日の早間美紀は結成まもないユニットだったが、北川潔(bass)、エリック・マクファーソンン(drs)との掛け合いが素晴らしく、緊張感に溢れた熱い演奏だった。NYのJAZZシーンで人気があるのもうなづける。
サインの時握手する程度は誰でもやるが、ハグされたのは初めてだった。関西人の気さくさか、オープンな彼女の人柄か、いずれにしてもこの飾らない態度と熱い演奏にオッサンは参りました。

パイプの丸椅子とスチールテーブルにクロスを掛けただけの質素な客席。
どこぞのクラブか知らないが、2ステージ通しのチャージ料24,000円もぼったくられたのにこちらは5,000円
中身で勝負という田中さんの姿勢にシンパシーを感じる。
4/14
【ホット・クラブ】

歴史あるホット・クラブに参加させて頂いた。定例会は満員であった。ユニバーサル・レコードの新譜が何枚か紹介され、My Disc-Overyのコーナーではゲストの4人がご自分のお気に入りの音楽を解説付きで披露する。その後テーマに沿って約1時間ほどレコードを聴き込む。今日は’30年代に活躍したBenny Carterが主役だった。Izuminaさんの解説付でCarterの編曲活動を中心にSP盤からスイングジャズ12曲を聴く。

4/13
【ポモドール】

高級イタリア・レストランのパスタ ではありません。御田さんの手作りパスタ、その名もポモドールというトマトの果肉のたっぷり入ったパスタです。味付けは塩・胡椒・オリーブオイルのみ。とても美味しく頂きました。素人の域を超越した腕前です。

御田さんのサイトのタイトル“オーディオとインテリア”という言葉がこれ程似合うシュチエーションもありません。

美しいものに触れなさい。そして目を養いなさい。何年か前、初対面の時の御田さんの言葉でした。御田さんの言行一致のお部屋はインテリアブックそのまんまでした。
音は?なんて野暮なことはいいっこなし。悪かろうはずがありません。落ち着いたらレビューを書かせて頂きたいです。

いまんとこ元気で何とかやってます!大阪の御田さん
4/12
【THORENS 101 Limited】

はたして THORENS101Limitedの音は 分厚く腰の据わったそれはそれは安定感のある音でした。
やはり母体が業務用ということだけあって、機能的で使い易く作られている。EMT930STは業務用の放出品が多く、結構痛んでいるものがある。その点、この101はコンシューマー用に特化して組み立てられているので程度がとてもいい。金色のハンマートーンは正にリミテッドを象徴するかの様に輝いていました。
それにしても密度が濃い厚みのある音が聴けます。カートリッジ込みの感想ですが、帯域はそれ程広くはありませんが、その分音楽の一番大事な部分、中域に厚くエネルギー感が詰まっています。モーターゴロが皆無な上に、超強力なリニアの回転が音のファンダメンタル部分を構築し、音の輪郭を形作っているように感じました。ターンテーブルの力を見せつけられました。巨大なモーターのハウジング部分を触れても、回転の振動が皆無であり、造りの良さを実感しました。
そういえばこのモデル、昨年の10月にはサウンドピットさんのプライベート試聴室で見た覚えがある。その時坂口さんは「ほら、ここに伊藤さんの101がありますよ」と冗談ぽく「囁きを」言っていたのを思い出した。あれからほぼ半年、この間坂口さんはメンテナンスにたっぷりと時間を掛けて調整されていらしたのだ。
伊藤さんはこれでアナログは完全に上がりですね。カートリッジも選択肢が限られており、完全調整済みなので遊ぶ要素が少ないです。これは私のようなマニア(笑)にとっては、いささか物足りない部分もありますが、早く本質に辿りつけと導かれているようでもあります。といっても、イコライザーカーブの選択や可変の周波数調整は結構遊べます。


それにしても美しい101でした。

ジェンセン・インペリアルの奏でる音は、懐の深さを感じる。これぞ音楽を聴くために作られたと思わせる説得力と風格がある。聴いてよし、見てよしそして愛でてよし。
4/11
【日経新聞 夕刊】
日経新聞の記者Yさんからメールが届いた。企画の変更で、先日の取材内容はほんの一部しか反映できなかったが今夕の一面に載るとのこと。 掲載日ははっきりとは聞いていなかった。最終ページの文化欄にPSE法絡みのコラムとして載るとお聞きしていた。夕刊を見て目から火が出た。
4/10
【ゴルフ】
定例ゴルフ。関根勤がTVで宣伝している「ミラクルエブリオ」は確かに良く飛ぶ。本当によく飛ぶ。強い風の中、飛びすぎて6個も球を無くしてしまった。つまりOB。こりゃ本当にスッゲェ〜や!
4/9
【Elegans&EIDOS19ME-A】

五角形はペンタゴン、六角形はヘキサグラムとも言われるが、九角形は何と言うのだろう。
久しぶりにお伺いしたフィルさんのお宅で、ベンディング・ウェイヴ方式というマンガーユニットを積んだStella Elegans の音を聴かせて頂いた。通常のスピーカーのピストン運動とは異なり、振動板の横波が中央から外側へ向かって波紋のように伝わる方式で、20cm口径にもかかわらず80Hz〜32kHzもの再生ができるフルレンジユニットとのこと。
独特の空間表現である。このような音場展開を聴いたのは始めてである。リスニングルームは5畳程でリスニングポイントもニアフィールドであるが、包み込まれるような音場感は部屋の狭さを感じさせない。部屋の空気密度は高いがホール感を満喫できる。ニアフィールドリスニングが功を奏していると感じた。
Stella Melody時代に比べて音の密度感が更に増しており、それが音楽のリアリティ感に反映していました。
(フィルさんのリスニングルームについては今季号のステレオサウンド誌-2006 年 春 / No. 158- p334 「連載 ニアフィールドリスニングの快楽 第30回」―和田博巳 読者訪問篇「オーディオファイル訪問を敢行」をご覧下さい。)
マンガーユニットが再生音の大半を担っており、低域のみプロセッサー制御アクティブ・サブウーファーで駆動しているとのこと。繋がりも自然で、立ち上がり(下がり)の早いマンガーユニットに追随してスケール感豊かな音を再現している。

聴かせて頂いたソフトはほとんどがSACDであった。フィルさんは次のステージに上がっていらした。入力はつい1週間ほど前に導入したばかりのGMのEIDOS19ME-Aである。絵よりも音に拘り、また将来を見据えてSACDマルチ再生が可能なユニバーサル機を選択された。EIDOS19ME-Aはバーン・インの最中であるが、既にシステムにしっかりと馴染んでおり、緻密で透明感溢れる音を響かせていた。Elegansとの相乗効果か、繊細感と密度感が溶け込み、独特な深みのある音である。

四角を基調としたEIDOS19MEのデザインはシンプルな中にも気品を漂わせている。ゴールド・ムンドのセンスの良さが光る。
周りに影響されること無く我が道を行く。芯がぶれていないフィルさんの選択眼は、目指す方向性を明確に定めている現われであると思う。
簡単なインプレをデジャブの掲示板に書き込みました。
【すだれの達人 CRUELさん】

JR中央線の阿佐ヶ谷駅を挟んで私と反対側(北側)に住んでいらっしゃるCRUELさんのお宅にお邪魔する。off会では何度もお会いし、拙宅にも来て頂いたことがあるが、訪問するのは初めてである。歩いて行ける距離なので、いつでもお伺い出来ると思っていたら1年半が過ぎてしまった。
CRUELさんのお宅は床は畳、壁は板と典型的な日本家屋である。基本的にはデッドな部屋だが、音創りに独特な工夫が凝らされている。ポイントは「すだれ」。布との組合せで高域の微妙な拡散・吸音を行なっていらっしゃる。
その「すだれ」の活用は、壁から50mm離すのがコツとのこと。すだれと背面の壁への入射・反射のランダムな拡散が高域に影響し、空間の広がりを演出している。

システムの中核はThielのCS-2.4AW。強靭なエンクロージャーと自社製ユニット+パッシブ・ラジエーターで創り出す音は他に類を見ない。この冬、Ewan+さんのご指導のもと、設置位置を変えられたとのことだが、タイトで筋肉質の低域が心地よかった。
パッシブ・ラジエーターの調整にはスキルがいる。数少ない経験だが、以前ブリロン2.0で試行錯誤し、終には自分の好む音造りができなかった。低域の甘さ・膨らみが制御できず、投げ出してしまった苦い経験がある。
ブリロン2.0とはユニットも形状も全く異なるが、CRUELさんのティールは低域の余分な膨らみがない。それでいて適度な柔らかさがある。女性ボーカルの声の濡れ具合いにそそられる。パッシブ・ラジエーターを上手く料理していると感じた。

音の解像度が高く、楽器の細かいディテールを精密に描き出すが、音全体の温度感は割と高く感じた。低域を締めてタイトな方向に振っていくと音がクールになりがちだが、ボーカルに独特の色気を感じるのは、CRUELさんがそこにフォーカスを絞って調整している証かもしれない。アンプ群がJeff
Rowland 特にパワーのModel-10が音の温もりの演出に効いている様に思う。
と、第三者はかってな御託を並べているが、noonの「500mile」(Smilin’)の歌声はとても温かみがあり、のほほんとした気分に浸れた。
4/8
【カーボン・インシュレーター】

もう少しだけスピーカーを高く設置したいと思っていたところ、手ごろな大きさのカーボン・ブロックが手に入った。3点支持でガタツキを取ろうと思ったが、4点で支持してもアラ不思議、左右ともガタが出ない。これは按配がいい。高さ調整の小道具としてカーボン・ブロックを使ってみた。
カーボンは摩擦係数が低く、独特の結晶構造により自己潤滑性に優れているらしい。実際、アナログプレーヤー回りやCDP等回転系の下に使うとS/N比が上がり、静粛性が高まることを経験し、BDRのボードを多用している。確かに微振動を急峻に吸収する効果がある。プリやパワーアンプのインシュレーターとしても効果があった。
スピーカーのインシュレーターとしての効果はどうか。実は素材による音の変化は余り期待していない。素材の持つ固有音が音に乗ることはあるが、私の聴く音量では無視できるレベルである。激しい振動体であるスピーカーでは、エンクロージャー自体の振動の方が遥かに大きく、音色は下に敷く素材の固有音に影響されることはほとんどない。カーボンがいくら振動吸収性に優れているといっても、この程度大きさではエンクロージャーの盛大な振動までをも吸収するには至らない。
過去に素材を換えて何十回ものテストを行なってきたが、音色の変化はほとんどみられなかった。スピーカーは床面との距離や背面や横の壁との距離で音決めをするのが王道であると思っている。否、音色の変化はインシュレーターよりも遥かに大きい。スピーカーの設置位置が決まれば、後は如何にガタツキを無くすかがポイントである。
今回カーボン・ブロックを使ってみて、このガタツキが皆無となったことは嬉しい。併せて小音量時に音を整える整音効果にも期待している。

4/6
【JBLの175】

石川さんは昨年秋以降すっかりJBLの175の魅力にとり付かれていらっしゃる。それぞれ製造時期の異なる4本の175を聴かせて頂いた。ランサーL101に使われているLE175DLHの原型となったモデルである。175といえば、D130との組合せで聴く世界は、375などの2インチドライバーの必要を感じさせない説得力の在る独自の音の世界を持つとしてファンが多い。James
Bullough Lansing自身が直接音決めをした最後の作品という点でも関心が高い。
画像にある上のモデルはJBLの1インチマルチセルホーンのH1000と175(最初期ハンダ端子仕様)の物である。James B Lansingが1946年にALTECを離れて、その後JBLを立ち上げた時の48〜50年のカタログにD101やD130他のコーンユニットと共に唯一のドライバーとしてD175Hとして載っているそうだ。最初のJBL商品の一つである。よくこんな貴重なモデルが手に入ったものです。
James B Lansing が自ら最後に作ったのは、このセクトラル・ホーンのタイプだそうだ。この製造直後には亡くなる。蜂の巣状のタイプはJames
B Lansing が直接手を加えたものではないとのこと。このミニ蜂の巣ホーンは直線性の強いホーンから如何に放射状に音波を出していくかを模索した苦肉の策の現れだと思う。確かに指向性は広い。しかしホーン独特の尖がった音がする。この刺激がいい。
マルチセルホーンの音は余りホーン臭くなく、割と柔らかみを持った耳辺りのいい音であった。それでいて音離れもよく、適度な厚みのある音である。

こちらの175は蜂の巣のレンズがないタイプである。バズーカ砲の様にドスンと音が飛び出して来そうだ。ホーンは削り出しで丁寧に作られている。


オーディオについて、これから先の事は誰にも分からない。知る術もない。
現在の最先端を追い続けるのは疲れる。技術革新のスピードは目まぐるしい。デジタル関連についてはPCやカメラ、携帯電話を例に出すまでもなく、半年もしない内に陳腐化してしまう。オーディオのデジタル化の流れも加速されるだろう。
しかし、過去にはいくらでも遡ることができる。好きな時代、興味ある時代に遡り、焦点を決めてたっぷりと時間をかけ、ゆっくりと旅をすることができる。過去のオーディオはいくらでも探索することができる。
骨董や剣刀も趣味とされている石川さんは、どうせ追い求めるなら過去に遡った方がロマンがある、と仰る。
オーディオ機器に限らず音楽も過去には素晴らしい名作が山の様にある。先人達の残してくれた数多くの宝物を紐解き、その時代性も含めて味わう。過去は目まぐるしく変化することもなく、逃げることもなく、ただ寡黙に扉を叩いてくれるのを待っている。温故知新などと意味付けする必要すらなく、ただそれに触れるだけで満たされてくる。これを懐古趣味というならそれでもいい。満たされるか否かは心の問題だから。
今回もたっぷりとSPを聴かせて頂いた。

4/5
【PCオーディオ】

PCオーディオは私にとって「踏み絵」のような存在です。
オーディオによる再生音楽に何を求めるのかを問い質してくれます。音と音楽の関係についても、自分の心の奥底を覗かざるを得ません。このテーマだけで一冊の本が書ける程、奥が深くまた考えさせられる問題です。勿論本など書けませんが、自分なりには検証していきたいと思います。
オーディオを科学なりテクノロジーの対象として捉えるなら、限りなくリアリティ或いはHIFIの追求に向かうことでしょう。生の音を限りなく忠実に再現しようとしてオーディオは進化してきたと思います。アナログ時代、多くの時間と物量を投じたのも、より生の音に近づけたかったからに他なりません。
ところが、このリアリティこそが曲者です。ワイドレンジ、フラットな再生にリアリティを感じる人もいれば、かまぼこ型、中域の厚さにリアリティを見る人もいます。
音楽が 1・0 の符号としてデータ化された時点で,、既にコンピューターによる再生が約束されていたと思います。それが現在では専用CDプレーヤーと同等いや場面では勝っている音質にまで到達し、ごく近い将来それが一般化されることは間違いありません。回転に依存しないシリコン再生も既に動き始めています。(でもそんなに高忠実度な音にして、一体どんな音楽を聴くの?なんてことはこの場面では言っちゃ駄目です。)
オーディオを音楽を聴く「道具」と捉えるなら、百人百様の追求の仕方があります。「趣味性」「精神性」の問題なのでテクノロジーの問題とは土俵が異なります。仮に音が良くてもPCでは音楽を聴きたくないという人もいれば、音が良ければ何でもいい、はまたま真空管による再生音が好みという人もいるでしょう。
私はディスプレイを見ながらマウスで音を操るより、親指と人差し指でシェルを移動させ、一呼吸置いて針を落とす動作そのものが好きなんです。さあこれから音楽を聴くぞってね、心構えが出来るんです。
でも私は極めて欲張りなんです。いい音も聴きたい、そしていい音楽も聴きたい。換言すれば(自分の中での)リアリティも追求しつつ、音楽そのもので心の満足も得たい。どこで折り合いをつけるか、自分なりの落としどころを模索しています。
だって人生一度っきり、いろんな料理も食べてみたいし、美味い料理も食べたいんだもん。いくら好きだからって、毎日ラーメンじゃ飽きるし、パスタを食べてみてラーメンの本当の美味さが分かるってこともあるんじゃないかなぁ。もっと有り体に言えば「料理」を○○○に換えて言ったら...おっとっと。
P0sと佐藤さんのProject-2の聴き比べをしている。結論から言えば操作性は別にして、音質的にはどちらも遜色がないほどいい音である。音の解像度はむしろProject-2の方が上かもしれない。音像はややタイトであるがその分明瞭度がある。音の透明感も申し分ない。P0sはややファットに感じるが音が柔らかく厚みがある。音色は好みによると思う。しかし、ブラインドで聴くと、どちらがどちらだか分からないくらいの拮抗したレベルであった。何人かの人に試聴もして頂いたが、完全ブラインドテストでは両者の違いを聴き分けた方はまだ一人もいらっしゃらない。
頭の中であれこれ考えるより、やはり音は聴いてナンボのもの。デジタル化の恩恵は「簡便性」にある訳だから、益々PCオーディオは普及していくことだろう。SONYもリアルも主力をネット配信にシフトしてきた。
数年前からCD(デジタル音楽)とPCとの親和を主張され、自ら製品として形ある物にしてこられたMay Wind☆の佐藤さんの姿勢には敬服します。大いに楽しみ、また悩まして頂きました。この場を借りてお礼申しあげます。ありがとうございました。
4/4
【にしだやさん&チェリーさん】

シャンパン騒動が収まったかと思ったら、今度はスタインウェイ戦争の話になった。
「スタインウェイ戦争」本を持ってチェリーさんが襲撃にいらした。あの華麗なる音を響かせ、心を和ませてくれるピアノの世界にも、ドロドロとした争いがあることを知る。この本を読むと、何故ニューヨーク・スタインウェイとハンブルグ・スタインウェイが存在し、その意味合いも知ることができて興味深かった。と同時にどこの世界にも「越後屋」なる業者がいるものだと見識を新たにした。
チェリーさんは一年ぶりの定点観測である。隠れ家の音について、温かいアドバイスを戴いた。チェリーさんは恐ろしいほどに私の好む音の方向性を見抜いていらっしゃる。チェリーさんご指摘の様に4348は温度感の低い音調で、全帯域をフラットに再生するHIFI指向の音造りをしていると思う。私もそろそろかなぁとも思っている。
にしだやさんはデジタルアンプの音、特に駆動力には好印象を持たれたようだが、アナログ入力の音(A/D変換)の方が好みとのこと。デジタルアンプをパワーアンプとして活用し、CDもLNP-2Lを通して聴いてみることを勧められた。いずれにしてもデジタルによる増幅には調整のし甲斐があると仰っておられたた。
お二人とも私の視点・聴点とは異なるスタンスで本音の話しをして下さるのでとても有難い。
4/2
【PCオーディオ】
実験中


4/2
【ランサー移動】

やっぱり事務所では音量を上げて音楽は聴きづらい。隠れ家にいるより事務所にいる方が圧倒的に長いので、お気に入りのランサーは事務所で聴こうと思った。しかし、集中して聴こうと思うとどうしても音量が上がってしまう。日中はBGM的にしか聴かず、休みの日とか夜聴くのであれば、リラックスできるのは隠れ家の方だ。しかも誰はばかることなく音量を上げられる。ランサーを隠れ家に戻した。
今度は粗相のないように慎重に運び込んだ。仕切りなおしである。

【取材】
紆余曲折あったPSE法が今日から施行される。
中古音響機器がいつからPSE法による規制の対象になったのか、その背景や経緯が不透明である。何時、何処で、誰が決めたのか。少なくてもごく一部の役人の(無)思惑で規制の対象になってしまったのだろうが、行政府の再生音楽に対する無関心さには呆れるばかりだ。一度でもレコードなりCDの再生で心が癒され、或いは感動を覚えたことがあるなら、音響機器を規制の対象から外していたことだろう。逆に言えばオーディオ機器で心を癒されたり、触発を受けたことの無い感受性の欠落した不幸な人間達の仕業と言わざるを得ない。
2月の中旬、突如としてPSEマークのない中古オーディオ機器は今後販売店で売り買いできなくなる、とアナウンスされた。(中古)販売店、メーカー、代理店、音楽制作現場等立場によって様々な意見があるが、いち音楽そしてオーディオ愛好家としての立場から個人的に抗議の電話・メールを発信し続けた。そんなことは焼け石に水かもしれないが、とにかく自分のできる範囲で動いてきた。
(それにしても、オーディオは極めてパーソナルな趣味だとまたもや痛感する。オーディオを趣味とする人は圧倒的に中古製品で楽しんでいるはずなのに、PSE法反対が個人から趣味人による組織に展開した運動としては、全くといっていいほど起きなかった。勿論、ホームページやブログ上で多くの反対意見を目にして、それは声として行政にも届いたと思うが、それを機軸にデモの呼びかけや、手を取り合って抗議運動しようという動きは全くなかった。
そういうお前はどうなんだ?と言われると、恥ずかしいながら、抗議メールを送るなり坂本龍一さんの署名運動のリンクを貼るくらいで、自ら先頭切って反対運動の旗を振ってはこなかった。自分のことを棚に上げて言うのもなんだが、オーディオ趣味人は組織だって行動を越すのが苦手のようだ。はやりパーソナルな趣味だからなのだろうか。もっとも誰しもがこんな悪法は必ずや駆逐されるとは思っているだろうから、人任せになったのかもしれない。)
その後行政府は、「ビンテージ物は除外する」と付け焼刃的な対応をしているが、それまでの経緯も含めて、役人の音楽文化やオーディオ機器に対する理解の無さには怒りや憤りを通り越して、空しくさえなる。
日経新聞社から「PSE法についてどう思われますか?オーディオ愛好家の立場からご意見をお聞かせ下さい。」との取材申し込みがあった。いわゆるヴィンテージ物が規制から除外される前の話だったので躊躇せずに取材に応じた。3時間ばかり自分の思いを話した。どういう編集のされ方になるだろうか。
私は音楽によって、いや正確に言えばオーディオ機器から再生された音楽、そしてオーディオ機器そのものを通して人生の喜びを享受させてもらっている。いうまでもなく音楽は人の心を美しくしてくれる。癒してくれる。励ましてくれる。活力とエネルギーを与えてくれる。そんな音楽を再生してくれるオーディオを古いからと言って今後売り買いできなくなるとなれば、それは音楽文化に対する挑戦と破壊以外の何ものでもない。
友人とのメールのやり取りで、こんな一文があった。
「文化の破壊という点では、アルカイダの仏像破壊に近いものを感じます。やつらにはその価値が理解出来ないのです。理解出来ないものはゴミと見なしてしまう。壊してもこの世の中から消えても、何の心の痛みも感じないのでしょう。」
4/1
|