気まぐれ日記   

2002年 / 6.7月8月9月 10月11月12月
2003年 /1月2月3月4月55月A66月A7月8月
 
8月A9月9月A・10月10月A11月11月A12月
2004年 /1月1月A2月2月A3月3月A・4月4月A7月
8月
9月10月
11月
2005年 4月5月66月A・7月7月A
先月翌月

【halkuroさんの820A】

halkuroさんの所にALTECの初代民生機model 820Aがやってきた。アルテックの広告によると「first "Voice of the Theater" home loudspeaker」と謳っており1955年に発売されている。38cmウーファー803Aを2発フロントローディングとして収め、中高域はドライバー802をマルチセルラホーンで繋いでいる。外観は50年経ったとは思えないほど綺麗で程度は極上、指で叩くと米松のコツコツと澄んだ乾いた音がする。一度販売店で鳴らしたのを聴いているが、果たしてhalkuroさんの部屋ではどんな音を奏でてくれるのか。

 



到着直後手持ちのプリメインアンプや借り物の比較的新しい石のアンプで鳴らしてみたが、どうにもパッとしない音しか出なかったという。スピーカーとの相性という意味では当然の事かもしれない。ダンピングファクターの高いソリッドステートアンプでは1955年当時の古いスピーカーは制動がきつ過ぎてまともな低音は出ない。

820Aの公称インピーダンスは16Ωであり、ウーファー803Aのエッジもフィックスドエッジ。これに2Ωまでの低負荷インピーダンス駆動をギャランティしているようなダンピングファクターの高い半導体アンプを繋ぐのは明らかにミスマッチ。いたずらに逆起電力を吸収しすぎてコーン紙の動き(慣性)を制動し、ゆったりとした低域は出てこない。

halkuroさんも一聴して違和感を覚えたのでしょう、時代性にマッチした球のアンプで鳴らしてみたいというオファーがかかり、私は虎の子のMC240を、安西さんはEICO HF22を持参して820Aの試聴に臨んだ。



持参のアンプに繋ぐ前に音を聴く。さすがに半導体アンプは隅に置かれ、KT88を使った某管級アンプを繋いでいたが、これも今ひとつしっくりと来ない。中域の厚みがないというか、やたらカンカンと響き質感に乏しい五月蝿い音だ。低域も何ともいえず不自然な響だ。2002年録音のGreat Jazz TrioのCDが’50年代の録音の様に古臭く聴こえる。

ここで持参のMC240に繋ぎ変える。一聴して一斉に皆の口から歓喜の雄叫びがでた。「ワオ!すげーぇ」 820Aが眠りから覚めたように鮮烈な音が飛び出してきた。購入前に店で聴いたときのように明るく弾けた快活な音が出てきた。低域も中高域とうまくバランスして量感たっぷりの深ぶかしさがある。この組合せはアタリだった。

ここでプリアンプも管級式のマランツ モデル7に交換した。レプリカモデルだが、従前の石のプリに比べて更に音は明るくエネルギッシュになった。竹を割ったような明るく張り出しのいい快活な音だ。低域も地響きを伴って這い上がってくる。820Aは能率が極めて高いので、プリのゲイン合わせに一工夫いる。ボリュームの一ひねりで大音量になる。

続いてEICOのHF22に繋ぎ変える。整流管仕様とピアレスのトランスという点が異なるが、球は6L6GBなので音の傾向はMC240と似ている。halkuroさんの疑念が晴れた。導入直後は寝ぼけた音しか出なかったので一瞬選択を誤ったかと不安になったようだ。しかし持ち込んだ管級式アンプで820Aの実力の片鱗を見た。さすが"Voice of the Theater"の血を引く血統の良さを確認できた。やはりセオリーは無視してはいけない。スピーカーはその時代に作られたアンプで鳴らすのが鉄則。halkuroさん、これから辛くも楽しい取捨選択の悩ましい日々が続くことだろう。

8/14


【渓流釣りin蓼科】


リフレッシュを兼ねて長野の蓼科に渓流釣りに行く。数年前まで毎年行っていた穴場がある。滝の湯川の支流だが、行くたびに釣果は減っている。乱獲か異状気象の性か、魚の数が確実に少なくなっているようだ。川の水温も上昇気味だ。

今回は贅沢にも釣り仲間が手配してくれた会員制リゾートホテルに一泊しての釣り三昧。宿泊客は皆リッチなリゾート・ファッションに身を固め、それらしくリゾート気分を満喫している。我々は泥だらけ、まるで乞食のような汚らしい恰好でフロントを出入りする。やっぱり泊まる場所を間違えたか...

しかし、一泊したお陰でゆとりある動きができ、釣りもさることながら、温泉に浸かったりうまい料理を食べたりと忙しい日常からしばし開放された。



養殖モノが増えた中で、この川にはまだ天然の岩魚も生息している。岩魚はポイントさえ押さえれば、比較的簡単に釣ることができる。一時間半ばかりで4匹の釣果 まずまずといったところです。



山女の稚魚も一匹

8/12

【やっと完成】

今年の1月後半には納品予定だったVIOLAのチャンネルデバイダーだったが、紆余曲折あり、ようやくコンプリートな形でシステムに組み込まれた。モノラル構成4チャンネル・アナログモジュール(〜220Hz 〜700Hz 〜4500Hz 4500Hz〜) 48dBカット。惣野さんはこの日が来るのを首を長くして待っていた。接続されたばかりのチャンデバを聴く。

音色はやはりNLC-2の延長上にある。しかしよりウォームで厚みがある。音の鮮度が高く一音一音に力がある。明らかに音の解像度が上がっている。各ユニットの音の繋がりもスムーズで48dBの急峻なカットの恩恵が出ている。電源投入後2時間ほど絶つと音の硬さも無くなり、音は更に滑らかさが増して来た。

思い返すと、昨年のインターナショル・オーディオ・フェアでは数ある製品群の中で、何故かこのチャンデバのプロトタイプだけが強烈に印象に残った(2004/9/25の日記)。何の因果か偶然にも販売前からこのチャンデバの導入を友人宅でトレースすることができた。片チャンネル分だけのモジュールを3ウエイ仕様に変更していわば片翼飛行で離陸し、モジュールの追加が間に合わず24dBカットを余儀なくなれ、更にはモジュールの一部の配線のショートに見舞われ、文字通り山あり谷ありの経過を見てきただけに、今日の試聴は感慨も一入であった。

惣野邸VIORAのチャンネル・デバイダー画像を見る

8/11

【TwinDAC】

先日二度目の電源周りのチューニングを行って頂いたEさんの所にお伺いする。
D/Aコンバーターがノーススター・デザインのMODEL192DACからTwinDACへ変わっていた。このTwinDACは心臓部のユニットだけを手に入れ、ケースは自作、パーツ類は電磁波対策チューニング、電源も低インピーダンス化とノイズ対策のためバッテリー駆動と色々手が加えられていた。技術者だからこそできるアッセンブリー&チューニングが羨ましい。

ソースはPCのハードディスクからの供給だが、例によって軍用ルビジューム・クロックで制御されたジッター・ゼロの情報である。アップコンバートはされておらず44.1khzのままでアナログ変換され、パッシブ・プリに繋がれている。出力電圧が1V前後と低いので、バッファーをかまさないと大音量は出せないが、Eさんの部屋で聴く限りでは音量不足は感じない。「もう少し音量が欲しいと思ったら、適当なプリアンプでも作りますよ」とさらりと仰るEさん。アンプ作りなど朝飯前というこの余裕。


前回お邪魔した時と同じ曲(ニューヨーク・アンカヴァードから ベサメ・ムーチョ)を聴かせて頂く。圧倒的にS/Nが高いのは前回と変わらないが、更に透明感・空気感が増している。音響対策などほとんど行っていないのに、3次元的な空間の広がりを見せる。パースペクティブが見事で、各楽器の前後の位置関係までもが手に取るように想像できる。クリスチャン・マクブライトのベースは引き締まり、低域の量感はたっぷりと出しながらも、微細なパーカッションの音を濁らせない。

次々に音楽を聴く。ゲルギエフの春祭では大音量を出さずとも、腹にドスンと来るあの快感を味わえる。B・ブロンバーグのウッドでは低域の中にピアノが埋没しない。エンヤは回る回る。八代亜紀は濡れている。ツェッペリンは壁が消える。元々の土台(電源周りやクロック制御等)がしっかりと構築されているので、TwinDACの良さが現れたのであろうが、Eさんの音は正確無比にソース情報を再現しているように感じた。技術者として一音に拘るEさんのアプローチは留まるところを知らない。更なる秘策を検討中とか。

8/10

【フルレストア マランツ モデル2】

機会があってマランツのモデル2のフルレストア機を聴かせて頂いた。完全オリジナルモデルである。フルレストアでオリジナル? どういうことかといえば、レストアの内容がオリジナルの完全再生である。塗装・レタリング・リベット打ちは忠実にオリジナルを再現し、劣化したパーツはストック分のオリジナルパーツで交換し、線材も適宜オリジナル配線材で引き直ししてある。究極のリファインと言っても過言ではない。

外観は新品同様、中身は完全オリジナル部品、出てきた音は製造直後のマランツ#2。どこに引き取られていくのやら。






【oyamaさん】

吉祥寺でばったりoyamaさんとお会いする。昨年の秋以降久しぶりの再会である。立ち話だが10分ばかりお互いの近況報告をする。実は先日oyamaさんの夢を見ていた。すっかりご無沙汰しているが、どうされているかなあと思っていた矢先の出来事だ。ということは、念ずれば旧友にも会えるってことか。秋以降体調を崩したりパソコンの不調などで亀状態が続き不義理をしていたが、お会いできて嬉しかった。これも何かの導きであろう。

昨年お邪魔した時の様子をメモしたが、生憎直後にPCが壊れた。体調を崩したこともあり、UPを予定しながらPCを開かなくなってしまった。遅まきながらoyama邸訪問記をUPします。こちらからどうぞ

8/09


【デッカ デコラ】


「倉庫として使っているので、ただ置いてあるだけ。人にお聞かせできる状態ではありません」とおっしゃるモアさんに「隠れ家」繋がりでお邪魔した。ただ置いてあるだけとはいうものの、よだれが垂れそうな機器類は全て結線されており、6セットのスピーカーはいつでも音が出せるようにスタンバっていた。中でもひときわ異彩を放って目を惹かれたのがデッカ デコラ。数ある機器の中でも孤高の存在感がある。

いろいろとオーディオ遍歴を重ねて来られたモアさんが、「クラッシック音楽を聴くにはもうこれ一台あれば何もいらないと」思わしめたしろもの。かつて五味康祐氏が、その著書の中で「デコラの上にオーケストラが展開している」とその驚きを書き記した。日本には当時3台しか輸入されなかったという幻のコンソール。

正に拝聴という言葉が似合うが如く、鎮座して耳を傾けた。品位がある音とはこういう音のことを言うのだろう。そこはかとなく味わい深い飴色の響が綺麗に漂っている。コンソールの廻りを中心に波紋のように音が広がっていく。完結したシステムから流れ出る音楽は確かな一つの世界を構築している。モアさんが「上がり」を宣言したお気持ちが理解できる。

もともとは広いホールに置いてゆったりと音楽を楽しむために作られたものと思われるが、様々な設置環境でもその美しいホールトーンを満喫できると思った。少し高めの椅子に座って聴くと、コンサートホールの2階席最前列に座った様にフルオーケストラが展開する。座して聴くとコンソール中央の箱の中に人が立って演奏している様なリアリティがある。

部屋のどこで聴いても音の広がりを体感でき、その音色が変わらない。不思議に思っていると、モアさんがスピーカーのサランネットを外して中を見せてくれた。おお!まるでボーズではないか。モアさん曰く「BOSEのスピーカーの原型ですよ、これは」  仰る通り’60年代前半ステレオ黎明期に既に音の反射を計算して臨場感と広がりを出す技術が確立していたとは驚きである。

「モアさんの隠れ家」へ

他のシステムはただ繋いだだけと仰るが、そこはオーディオマニアでもあるモアさん、与えられた条件の中でもベストを尽くすべく、BBCの銀箱モニター5/1や3/1からはJAZZ向きにチューンされたエネルギー感のある音が出ていた。こちらのシステムは先日行われたStudiok'sのイベントで山本さんが出していた音に触発されたご様子で、かなり煮詰めた調整をされていらした。まだ発展途上の段階と謙遜されていらしたが、どうしてどうして解像度の高い澄んだ音が聴こえたきた。この先どうなってしまうのか。

デコラとは違う意味で、古くて新しい音に耳が反応した。JBLのハーツフィールド。実力の半分も出し切っていないとのこと。以前自宅ではぶ厚い土壁でできた部屋のコーナーにぴったりとくっつけて置いていたそうだ。その時の目の覚めるような鮮烈な音はここでは聴くことができないと仰る。確かにここは倉庫代わりに使っているので、ハーツフィールドの実力は出し切れていないのかもしれない。しかし私の耳には亡くなる直前のチェット・ベイカーの奏でる憂いに満ちた深く柔らかな音色が耳から離れなかった。音楽の表現力は今もって一流である。ハーツフィールドの実力の片鱗を垣間見た。


8/08



【仙人と磁器瑠博士】



この間は肩まで白髪を伸ばしおられたが、床屋嫌いの仙人がバッサリと髪を切っておられた


 オーディオは理論の積み重ね、電気回路だけが真実 どんな物を持っているかではなく、どう使うか

メジャグランの仙人と磁器瑠博士こと種さんが遊びにこられた。ともに辛口評論で、理論に基づく論評でオカルトじみた思い込みや根性論をバッサリと切る。単なる言いがかりや揚げ足取り、批判のための批判等ではなく、電気回路理論の裏づけに基づく論評なので、説得力と納得度がある。

以前JBL4348をマルチアンプで鳴らすにはどこから手を付けたらいいかを聞いたことがある。「既存の出来合いのスピーカーシステムをいくらいじっても駄目」 はっきりバッサリ切られた。既製品に完全なる物はないから、素性のいいユニットを見つけてきて自作するしか道はないと仰る。技術者ならではの回答だと思った。

オーディオは電気回路で成り立っているので、全て理論の積み重ね、そこに曖昧模糊とした科学的根拠のない迷信めいたファクターは入り込む余地はない。真空管にしても常に客観的視点で冷静にその素性を解説する。「思い入れは判断を曇らしますよ」と、警鐘を鳴らしてくれる。「デバイスとしての真空管についてその長所短所を見極めた上でエキセントリックにならず、使い方を誤らず、その素性の良さをうまく引き出してあげればいい。しかしどんなに逆立ちしても物理特性の上ではトランジスターに敵わないですよ。」

頭ごなしに自分の理論を押し付けるのではなく、根拠を示し分かりやすく説明してくれる。精神論や「気」の世界に傾きかけた時、種さんや仙人はそれとなくまともな世界へと引き戻してくれる。詳しくはメジャグランのHPをご覧下さい。

種さんも仙人も物理特性最優先のガチガチの石頭ではない。理論的にデタラメなことに対しては徹底抗戦するが、個々人の感性の世界にまでは立ち入らない。好き・嫌いの嗜好の前では物理特性もへったくれもない。事実、現代におけるハイファイの基準からはとうに見放されてしまったランサーL101の音を聴かれて、リアリティこそ低いが、音楽を楽しく聴かせる訴求力には一目置かれていたようだ。

自分の出す音を人に認めてもらいたいがためオーディオをやっている訳ではない。しかし、自分の音が客観的にどのように聴こえ、どう評価されるかは、自分のバランス感覚を確認する一つの手立てではある。「あんたがそれで満足していりゃいいだけの話だが、これはひどい音だね」と言われるよりも、お決まりの美辞麗句やお世辞は抜きに、「Jazzがよく鳴っているね」と言われた方が、自分のやっていることにより確信が持てる。

オーディオはすべて虚構の世界であるが、実音に近づこうと人類は努力を重ねてきた。一方で蓄音機を例に出すまでもなく、「味わいの世界」という側面があり、これはリアリティとは同じ土俵の上では語れない。

仙人の指示に従いチャンデバのLOwレベルを少し下げ、JBL4348のHF(高域)とUHF(超高域)を3mmほど持ち上げるとボーカルの抜けがよくなり、自然さが増してきた。
仙人のJBL4348評 「このスピーカーはクラシック音楽を基調に音決めしているのでは?フルオーケストラがとてもいいバランスで鳴っていますね。」
アンプ作りの技術者であり、マルチチャンネル実践者ゆえ、その評価に少し胸をなでおろした。出来合いのスピーカーでも一旦導入したからにはその部屋でベストサウンドを出すこと、それが即ち趣味としてのオーディオの楽しみ方である、と私は思っている。 但し、選択を誤ると悲惨なことになる。

8/06


【QUADU】


夜中にまたまた安西さんちへ。私は欲深だけど安西さんは探究心が旺盛である。今夜はクオードUを借りてきたという。EICOに代るパワーアンプ探しの旅はいつまで続くことやら。しかしこの執念と情熱が人生をより有意義なものにしてくれる。てなことはさて置き、クオードUだ。

エージングもしていないのにいきなり美音が出た。しかし情報量は決して多いとはいえない。質感は今一つで、音は結構粗い。しかし混濁した泥水の上澄みをすくい取ったかのような清らかさがある。音の整理の仕方が上手で、弦楽器などはとても綺麗に鳴る。が、JAZZは押しなべて駄目だった。私の好みの音ではない。エバンスのピアノがいささか五月蝿く響く。特定の帯域から音がすっと無くなってしまう感じがした。音楽との相性を選ぶのかもしれない。

もっとも、これはあくまでも安西さんの音響空間でマランツ7とタンノイ/GRFを鳴らした時という個別限定状況下での結果ににすぎない。誤解なきよう。

8/05


【BTHを聴く】

石川さんの所でBBCの初代モニターの音を聴かせて頂いた。今日の午後到着したばかりなので、石川さんご本人も初めて聴くと仰る。

BBCのモニタースピーカー第一号機は「パルメコ」と聞いていたが、実はユニットとして採用されたのははBTHの方が古いらしい。今からおよそ60年以上も前のユニットで、市場でも余り見かけずとても珍しい。12インチウーファーに同軸で中高域ドライバーが取り付けられている。外観はお世辞にも綺麗とは言えないし、アルニコ仕様なので減磁も心配だ。まともに音が出るのだろうか?決して安い物ではないので、購入された石川さんも不安そうであった。

音が出た瞬間石川さんの顔から笑みがこぼれた。私は意外性に驚いた。外観に似合わずまともな(失礼)音である。いやそれどころか芯のあるしっかりとした音に「さすがに古くてもBBCのお墨付き」と感心した。チェロ、バイオリン、ボーカルと次々にソフトを聴く。どれも音楽のコアな部分をきっちりと伝えてくれる。弦のこすれる音が、イマジネーションを喚起させる。人の声が肉感的で生めかしい。余計な音が聴こえないので雑念が生まれない。音楽そのものに集中することができる。音楽の肝をしっかりと受け止めることが出来る。



同軸ホーンが組み込まれているためネットワークがフレームに直付けされている


ユニットは45cm×55cmの平面バッフルに取り付けただけの状態であるが、それだけにユニットの素性がよく分かる。低域の量感などは箱に入れれば出てくるが、逆に癖も出てくる。裸特性を知るには平面バッフル・後面開放で音を聴くのがいい。素性を知ればあとはどうにでもコーディネイトできる。もちろん平面バッフルのままでもいいし、大型の密閉箱に入れるのもいい。コントロールはお好み次第、自分の感性と向き合って決めればいい。

同軸のホーンはアルミの鋳物で出来ているようだ。トランペットのホーンのようで、格好は洗練されているとは思えないが、音は一級品である。シアーター・サプライだったと言うだけあって、抜けのいい質感の高い音を聴くことができた。全ての周波数帯域を満遍なく再生できることは素晴らしい。しかし時として必要な音だけを集中して聴きたい時がある。BTHはそんな時恰好なユニットだと思った。

BTHの興奮が夜遅くまで続いた。飲み屋、喫茶店と場所を変え、BTHとオーディオと音楽談義で盛り上がった。

8/03


【レモ→凸RCA】

レモ変換プラグ第二段がT.H.Labさんから届いた。今どきレモ端子をRCA凸に変換しようとする人など余りいないと思うが、レモ端子ケーブルを多く使っている私にとってはとても重宝する。夏場の間だけマルチチャンネルアンプを休もうという時、既存のレモ端子ケーブルが汎用ケーブルに変貌する。

右端はよく見かけるRCA→レモ変換プラグだ。レビンソンのML-1LやLNP-2LにRCAケーブルを繋ぐときに使う。逆パターンの変換コネクターは市場で見ることはなくなった。一本あるととても便利だ。

8/02


【pippinさんのKRELL】


西鎌倉の駅に降り立つと、浜風特有の湿気を帯びた熱気で、じとーと汗が吹き出てきた。今年初めて聞くセミ時雨が後押しするように蒸し暑さを助長する。そこにとんびの甲高い鳴声が一筋 ピーと響く。一服の清涼剤の如く爽やかな気分になる。 地元では都会のカラスのような鳥害も起きているというが、鳴声だけはのどかさと郷愁を誘われる。

pippinさんがレビンソンのML2LからKRELLのKMA100に換えてから始めての訪問となる。pippinさんはML2Lのパワー感に不満を抱き、かねてよりKRELLのKMA100を探していたが、縁あって今年の2月に茨城のkさんとのコンバートが実現した。半年経過した。pippinさんのシステムにも馴染み本領を発揮している頃だろう。


早速普段聴いているアナログレコードを聴かせてもらった。なるほどと合点がいった。YAMAHA時代、レビンソン時代と定点観測させて頂いたが、今の音が過去最高の鳴りっぷりをしている。パワー感があり、音楽が楽しく鳴る。音の厚み、エネルギー感、中低域の濃さ、バランス、どれをとってもML-2Lとは異なる。パワーアンプに何を求めるかは人それぞれだが、物理的特性と音楽性はML-2Lより一枚上だと感じた(ML-2Lにはまた別の良さもあるが...)。

LNP-2Lとの相乗効果かKMA100のパワーか、制動力の効いた力強い音が量感がたっぷりと出ていた。JBL4343はいろいろなお宅で聴いているが、ネットワーク仕様でここまでバランスよく、またマッシブに鳴らしている所は数少ない。

このKMA100はMk2である。初代ブルーフェーズからグレーに化粧直しされている。放熱ファンの仕組みが変わり、天板のスリットの位置が変更されている。底面から吸気し上に排気している。自然の摂理に叶った合理的な放熱方法だ。「MK2」物としてまじめなバージョンアップモデルだと思った。

ご家族がお留守の時間帯を選んでの音楽会だったので、pippin邸では過去最高の大音量で次から次へとレコードを聴き、二人でまったりと濃い時間を過ごした。


8/01
2002年 / 6.7月8月9月 10月11月12月
2003年 / 1月2月3月4月5・5月A66月A・7月・8月
8月A9月・9月A10月・10月A11月・11月A12月
2004年 /1月・1月A2月2月A3月3月A4月4月A7月
8月9月10月11月
2005年 4月5月66月A・7月7月A
先月翌月
 
HOME
AUDIO雑記帳
Off Meeting
気まぐれ日記
Profile
使用機器のレビュー
Site Map
Link
Mail
UP