
【スモーカーのNYライブ巡礼】
NYでAESの視察と現地メーカーとの打合せのために渡米する片桐さん・飯島さんに連れられて、意を決してNY行きを断行した。このお二人の介護がなければNY行きはなかった。感謝。昼はAES、夜はライブハウス、この歳になって初めてニューヨークへ行ってきた。ヘビー・スモーカーの私には海外旅行は苦痛以外の何ものでもない...はずだった。
「飛行機に乗ったら酒でも飲んで寝てしまえば、禁煙の苦しさなんか感じる間もなく着いてしまうさ。」
友人達からはいつもそんなふうに言われていたが、臆病で根性無しの私には「煙草」を理由に海外旅行の誘いは断り続けていた。本当は飛行機自体も怖い。かみさんの実家 石垣島に行くのでさえ七転八倒の挙句の果て、てな感じだ。
しかし、一生の内一度は本場アメリカのJAZZライブハウスの味を体験してみたかった。大袈裟ではあるが、ヴィレッジ・バンガード、ブルーノート、バードランド、ニッティング・ファクトリー、そしてできればハーレムのライブハウス何ヶ所か体感できたら、ライブハウス巡りに思い残すことはない。そこでかのコルトレーンやマイルス、エバンス達が演奏していたという同一性の空気感を味わうことができたらJAZZ好きの冥利に尽きる。
  
【煙草と飛行機】
成田空港出発ロビーの喫煙ブースで最後の一本と思いっきり煙を吸い込み、ニコレットとハルシオンをポケットに突っ込み悲痛な面持ちで飛行機に乗り込む。
機内では早速ビールを飲み睡眠体制に入る。気圧が低い性か割りと早めに眠気が襲ってきた。うつらうつらしていると機内食が出されて覚醒する。食事が終わると、いつもの一服、てなわけにはいかない。試練が始まる。気を紛らわすために座席備え付の液晶モニターで映画を見る。映画とくれば煙草である。テーブルの上にはおあつらえ向きに珈琲もある。指は震えていないが、やたらと喉が渇く。たまらずニコレットをほうばる。
18歳の頃から一日二箱40本35年、浮気もせずにショートとロングのピース一筋。ニコレット一粒くらいではお話にならない。ものすごい禁断症状が襲ってきた。いや肉体的にではなくメンタルな部分の習慣性が断たれた事に対する激しいストレスである。行動パターンを制止されるとイライラしてきて落ち着きがなくなる。いかに煙草に振り回され従属し煙草の罠に囚われていたかが分かる。こういう時は寝てしまうに限る。睡眠薬を飲み眠気が来るのを待つ。寝たのか寝なかったのか分からないまま時間が経つ。薬の性もあり12時間余り寝ては覚め覚めては寝てはの夢遊病のような感覚だった。
【快適な空の旅】
海外渡航百戦錬磨の片桐さんの搭乗手続きのお陰で、行きのフライトは禁煙の精神的な苦痛さえ除けば快適な空の旅であった。アメリカン・エアラインの座席間隔は意外と広く短足の私には十分足が伸ばせた。いやむしろ座面が高く床に足が届きにくい。手荷物のデイバッグを床に置き、その上に足を乗せてちょうどいい塩梅になった。改めて短足を思い知らされる。
疲れない空の旅の条件は座席間の広い航空機の選択と座る席を選ぶこと、仮眠グッズとしてアイマスクや耳栓以外に口マスクを併用することを学習した。足枕もあると楽だ。
座席は絶対に通路側を選ぶ。ボーイング777の座席は広い部分でA〜Iまでの9列ある。このうちB、G、Hが通路側である。長時間座っているといわゆるエコノミー症候群にかかる場合もある。そこまでいかなくても座りっぱなしは疲れる。
通路側に座ればいつでも自由に席を立って歩き回ることができる。悲惨なのは座席中央に座った場合である。トイレに行くにも屈伸運動するにも隣の人々に声をかけ、遠慮しながら通路まで出て行かなければならない。隣の人が寝ていたり言葉の通じない外国人だったりするとつい我慢しがちになる。通路側のお陰で、寝ている以外は一時間おきごとに通路を歩き回っていた。面白いことに私が席を立つと、その時とばかりに隣やその隣の外国人たちが席を立って私の後からついてくる。外人さんも遠慮してるんだ。
列はビジネスクラスの後ろ前方30列目位いまでがいい。押しなべて静かである。後方列は団体客がいる場合が多く、これにあたると五月蝿くてかなわないらしい。視察旅行や修学旅行生なんかの団体そばに座ると地獄を見るそうだ。前方列だと到着後、機内から出るときもすばやく外に出られる。トイレの使用状況もすぐに分かるので長時間トイレの前で立ちんぼすることもない。
機内は乾燥しているのでマスクも必携である。仮眠している間に口がカラカラに渇く。最近はアイマスクが口の下まで伸びるものがある。これですっぽり顔が覆われ快適である。
帰りは搭乗手続きを一人で行わなければならない。拙い英語で必死になって“アイルサイド・プリーズ” “フロント フロント”とオーバーアクションで連呼した。お陰で満席にもかかわらず通路側の座席を確保することができた。
【アメリカン・エアラインのアテンダント】
今はスチュワーデス エアホステス と言わないらしい。昔は(今でもいくらか)女性の憧れの職業だったと思う。行きは12時間、帰りは15時間余り、NYフライトのアテンダントの仕事ぶりを観察していると、かなりの重労働だと感じた。その上質の高いホスピタリティが要求される。
決して優雅な仕事ではない。ひっきりなしに狭い通路を往復して食事の世話や飲み物の手配をし、客の我がままを聞き、長時間仮眠すらできない。国内線のアテンダントとは比較にならないほど激務である。
なり手がいないのか、コストダウンのためか、かそれは分からない。しかしアメリカン・エアラインのアテンダントは殆ど50歳過ぎのおばさんであった。中にはどう見てもおばあさんのようなアテンダントもいらした。若い娘は一人としていない。コストダウン競争が激化し併せて少子高齢化が進むと、日本もそのうちおばあさんだらけのアテンダントになってしまうのかしら。
【無愛想な税関職員】
入国審査では事前チェックで2度ほどはねられた。出入国カードの記載不備があったためだが、どこがどう不備なのか一言の説明もない。マッチョでおっかないおばさんにあごで向こうの列へ並べと指示される。そこで待っていると別の係官がカードを見て、怒ったような口ぶりでカードをつき返す。そこでも不備の箇所の説明は一切ない。
初めて、「アメリカは自己責任の国」だと思い知る。一日何千人もの分けの分からない人が入ってくるのに、いちいち懇切丁寧にカードの書き方を説明などしていられるか、自分でチェックして正しく書け!それを態度で表す。そりゃ当たり前のことだが、日本なら恐らく「ここをこう書きなおして下さい」という一言はあるであろう。日本の社会は「優しい」と感ずる。
【ニューヨーカーは傘が嫌い?】

10月初旬のNYの気温は東京と殆ど変わらない。暑くもなく寒くもなく、過ごしやすかった。滞在中の間二日は雨だった。面白いことにニューヨーカーは少々の雨でも傘をささずに歩く人が多かった。本降りの雨でも帽子やレインコートを羽織るだけで闊歩している。子供などは簡単なビニール製のポンチョは着るものの頭はずぶ濡れ、それでも平気で歩き回っていた。これは国民性の違いかとも感じるほど奇異に写った。
【NYと煙草とチップ】
完全な思い過ごしであった。なんてことはない、NYは千代田区よりも喫煙エリアが充実している。さすがにレストランやパブリックスペース、建物内は完全禁煙だが、道路に出れば至る所に灰皿が置かれている。ホテルやビジネスビルの前には必ず灰皿はあるし、オープンカフェでは喫煙自由。ライブハウスで演奏を聴きながら煙草は吸えないが、ちょいと外に出ると壁に造りつけの灰皿が完備されている。そしてそこはもうひとつのコミュニケーションの場でもある。煙草を口にくわえると見知らぬ外人がライターで火をつけてくれたりする。そこからボディランゲージでコミュニケーションが始まる。「あんたはどこから来たのか?.....」
ところがである。とある寿司バーの前で煙草をくわえた瞬間、待ってましたとばかりに大柄の黒人が小走りに寄ってきて、さっとライターで火をつけてくれた。当然の事ながら相手はチップが目当てであった。

チップといえば、グランド・セントラル駅の地下、有名なオイスターバー(ここのクラムチャウダーは絶品である)でトイレに入って用を足し洗面所に向かったら、白いスーツを着た黒人がすかさず蛇口をひねって水を出してくれる。その上絶妙なタイミングでハンドソープをプシュっと手のひらにかけてくれる。ニコニコしてこちらに笑みを投げかけ目線が目の前のタンブラーに向かう。そこにはドル札が小山のように溜まっていた。一人1$、一日100人の人にハンドソープを引っ掛けて100$の収入かぁ。こうしてアメリカンドリームを掴んだ人もいるのだろう。
【ホテルと煙草】

ホテルの客室は基本的に禁煙と聞いていた。もちろん喫煙OKのホテルや部屋もあるが、押しなべて臭くて汚くセキュリティも悪いと聞く。偶然が重なった。泊まったホテルはNYガイドブックの最高級&高級ホテルのページ紹介されているル・パーカー・メリディアン。ツインルームに野郎三人が寝るのでエマージェンシー用のソファーベッドが用意されていた。
部屋に入って最初に目に飛び込んだのがなんと灰皿であった。客室での喫煙は諦めていたが、この灰皿を見たとたん「いや〜意を決してNYに来てよかった!!」と小躍りして喜んだ。喫煙ルームをオーダーした訳ではなかっただけに、この偶然には「天は私に味方している」と思わざるを得なかった。
ル・パーカー・メリディアン ルーム916。私には最高のホテルであった。
片桐さんとHISに感謝!因みに室内は広くインテリアにも凝っている。静かでリラックスできる安らぎの空間であった。NYのホテル経験の豊富な片桐さんも室内の広さと静かさと設備の良さに満足されていた。
http://www.lemeridien.co.jp/usa/new_york/hotel_us1623.shtml


【NYの印象】
僅かな滞在期間で物知りげで分かったようなことを言うのはおこがましい。それこそ長年NYに居住している方や何度も訪問した方からすれば、「知ったかぶりして何を偉そうに」と罵声を浴びせられるかもしれない。ただそれを承知で自分の歩いた地域だけに限定して直感したNYの印象を述べると...
9.11や単発のテロを除けば自然災害にしろ戦争等の人災にしろNYは外的物理的な破壊を知らない街である。50年100年経過した古い建物と最新設計の新しい建物が混在し、街の景観を造り上げている。良くいえば歴史と伝統を受け継ぎ重厚さの中に新旧のモザイクが描き出されて調和している。街自体にパワーとエキサイティングなエネルギーを感じる。
悪く言えば汚くてごった煮のような無秩序な街である。さながら戦場のような殺伐さと喧騒に満ち溢れている。自己責任とツッパリががぶりより、もたもたしていると押し倒されてしまいそうな暴力性を感じた。街を歩いているだけで弱肉強食の世界、マネープライオリティの価値観が色濃く反映されている競争社会と感じる。金のある人にとっては快適かもしれないが、身障者も含めて弱者には過酷な環境で、「ここはお前たちの住む街ではない」と宣言しているようだ。人が街を作っているのに、ここでは街が人を作っている。
赤信号でも平気で道路を横断し、クラクションはひっきりなしに鳴り、パトカーのサイレンが喧騒さを助長する。車の運転は乱暴でウインカーなど出さずに平気で割り込みし、自転車は平然と車道をかっ飛ばしている。疲れる街だ。
この歳になってNYに行ってよかったと思う。僅かな時間だったが文化の違いを冷静に客観視でき、パンフォーカスで街を俯瞰できた。十代や二十代でこの街で生活していたら価値観も変わった事と思う。影響されやすい私は、それこそNYかぶれになり、NY基準が当たり前になっていたかもしれない。個人の能力だけが頼りの職業に就いている人にはNYはチャンスと夢に満ちている。他者との共同作業或いはエンパワーメントによって結果を出していく人にはNYは辛い。農耕民族のDNAを受け継いだ私には観光に訪れるだけで精一杯である。


タイムズ・スクエアー近辺では観光客目当てのこんな自転車や洋風人力車が目立った。

市内中心部の道は一方通行が多く、しかも4〜5車線。
【VIRGIN MEGASTORE】
本家のタワーレコードが倒産してしまったのが分かるような気がする。ヴァージン・メガストアーに行ってみると客がまばらで閑散としていた。店内の薄暗い照明も活気の無さを助長?している。JAZZのコーナーはディスプレイに工夫もなくただABC順にCDが放り込まれているだけ、品数も少ない。カウンターには店員一人しかいない。NYではCDはネットで購入するのがもはや主流のようだ。
プライスは17$前後だが、それに8.375%のTaxが付くので18.5$、当日のレート1$117円で換算すると2,165円、それほど安くはない。

【NYの地下鉄】
断片的、一方的な情報からNYの地下鉄は危ないというイメージがいくらか刷り込まれていた。ガイドブックなどにも夜一人で地下鉄には乗らない方がいいとのアドバイスが載っている。確かに地域によっては危険な目に遭うことも容易に想像できる。概してどの駅も薄暗く汚く臭い。そして異様に蒸し暑い。記憶にある40〜50年前の地下鉄銀座線「上野駅」のような猥雑な雰囲気である。
車内もひところ映画で見たような落書きこそなかったが、ドアガラスには至るところに傷がある。スプレーでは消されてしまうので、鋭利な刃物類で文字が切り刻まれている。プラットホームでは物乞いのホームレスが缶カラを持って近寄って来る。そうかと思うとでかい兄ちゃんがいきなり近寄って来て「タバコか金をくれ」と声をかけてくる。物騒なエリアであることは感じた。因みにタバコは一箱7$、物乞いに値するほど高い。


AESの会場コンベンションセンター近くに集結したパトカーの群れ
このあと全パトカーがサイレンを鳴らして一斉に街に散らばって行った。
たまたまNYに着いた日に地下鉄でのテロの予告情報がアナウンスされ、TVニュースでは警官の物々しい警戒の様子が頻繁に流れていた。防護服を着た警官や自動小銃を持って警戒に当たる様子が映画さながらの様に映し出されている。パキスタンの大地震の様子よりも頻繁に。旅行代理店の人からも暫くは地下鉄に乗らない方がいいとのアドバイスを受けた。AESで知り合ったHNKの方も日本から乗車禁止の指示が出たそうだ。

しかし57ストリートの地下鉄駅に降りてみるとTVニュースほどの物々しさはなく、乗降客も平然としていた。ライブハウスへの交通手段は始めから地下鉄で行くと決めていたので危険覚悟で慣行した。

【AES】

日本ではほぼ同じ日程でコンシューマーの為の輸入オーディオ・ショーやハイエンド・オーディオ・ショーが開かれている。NYではプロのためのAES(Audio
Engineering Society)が開かれていた。NYのコンベンションセンターは数多くの出展者でブースが埋め尽くされていた。マイクやコンソール等放送局やスタジオのための機材が殆どで、いわゆるオーディオ製品は余り見かけない。各国から多数の大学の研究者、放送局関係、ミキシングエンジニア、スタジオ、オーサリングスタジオのエンジニア、メーカーの技術者などが講演や視察につめかけていた。
 
J.ハーディさんにはライブハウスの予約などをして頂く エンジニアとして有名なジョージ・マッセンバーグさんと飯島さん
片桐さん、飯島さんはその道のプロの方であるから、熱心に各ブースを視察し、流暢な英語で出展者と話を弾ませていた。私は英語はおろか機材についても全く知識がないのでただ見てるだけ〜。それでも色々な機材を見たり触ったりているだけでも結構楽しい。会場は熱気に包まれプロの機材の盛況振りが伝わる。会場ではHNKやTBS等放送局の技術集団の方にお会いする。
【ライブ三昧】

夜はJAZZライブを堪能した。NYに着いたその夜、時差の疲れも忘れてバードランドへ。いうまでもなく老舗のクラブで、ここでチャーリー・パーカーが日夜熱い演奏を繰りひろげていたかと思うと、それだけでジワ〜とこみ上げてくるものがある。実は演奏よりも、この場に来たという、いわば聖地巡礼的感慨の方が先走り、暫くは自分の世界に浸っていた。中年オヤジ的ミーハー・シンドロームだが、この感情ばかりはいかんともしがたい。

老舗のライブハウスの割には店内はおしゃれで綺麗、客層も年配者が多く、シックな雰囲気である。後で分かったが改装されているとのこと。
ステーシー・ケントがサックス奏者でもある旦那ジム・トムリンソンのコンボをバックにスタンダード・バラードを優しく語りかけるように歌っていた。歳の割には愛くるしい声で、ビールを飲んでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。ステーシー・ケント、毒にはならないがリラクゼーションの薬にはなる。
ワンドリンク付チャージ料40$



本命はチャーリー・ヘイデンである。カーラ・ブレイもいい。AESの日程に合わせてNYに来たので、演奏者を自由に選べなかった。しかし幸運にもブルーノートでチャーリー・ヘイデン率いるリベーション・ミュージック・オーケストラのライブを聴くことができた。いや正確にいうとNY行きはだいぶ前から決まっていたので、NYのライブ情報を調べ上げC.ヘイデンの出演は知っていた。しかもブルーノートで。片桐さん一行はAESが目当てだが、NY行きの誘いを受けたとき、当日のプログラム「ヘイデンがブルーノート」 それが、12時間の禁煙の壁を越えさせた。

 

何十年も前に始めてチャーリー・ヘイデン率いるリベレーション・ミュージック・オーケストラを聴いた時は、この音楽の良さを理解できなかった。いや正直いうと今でも決して愛聴盤とはなりえない。メッセージとして言わんとしていることは分かるが、音楽を聴いていて楽しさが感じられない。いや、LMOはもともと楽しむための音楽ではく、何らかの触発なりインスパイヤーを喚起させることが目的なのかもしれないが、それにしても不協和音的な響きには違和感をおぼえた。LIBERATIONとは既存の音楽様式からの開放という意味合いもあったのだと思うし、事実自己満足的な抽象性が前面に押し出されていて聴く側としては難解であった。
時は流れ同じタイトルのCDが出た時、一瞬ためらいもあったが、パットメセニーとのデュオ“Beyond The Missouri Sky”の好印象が購入意欲を誘った。今回のアルバムは35年前の作品とは打って変わってメロディアスであり全曲私の好み合っている。選曲も素晴らしく何度聴いても飽きがこないし、珍しくカーラブレイも積極的に鍵盤を叩いている。これは是が非でも生で聴いてみたかった。
念願叶って本場のNYで生のLMOを聴くことができた。ラストナンバーのアダージョを聴いているうちに感情が昂ぶり涙が出てきた。これは間違いなく9.11に対する鎮魂歌である。

ブルーノートは今回のライブハウス中一番いい音だった。箱はうなぎの寝床のような長方形で、ステージは長辺の真ん中にある。細長いので横方向には広いが縦方向のスペースは狭く、ステージの前方には4人がけテーブルが二つ、通路を挟んで6人がけテーブルが一つか置けない。
客席に向かってPAのスピーカーは設置されていないので、ステージの前では生の音が直接飛んでくる。それがステージ前後に反射して横方向へと音が広がって行く。ブルーノートの良さはPAを通さない生音が聴けることである。ただし「ステージ前方の限られた場所」、という条件が付く。
ステージから遠く離れた入り口正面のカウンターバーもなかなかいい。音はBGMとしか聴こえないが、10$で雰囲気を楽しむことができる。
東京・青山のブルーノートのように広大なスペースではないが、それだけに演奏者のエネルギーが痛いほど直接伝わってくる。何よりも本気の演奏が聴く側を感動させる。ライブハウスのメッカのひとつなので、ここでの演奏が不評だと死活問題につながるということを演奏者自身が知っている。必然熱の入れ方も半端ではない。
音とは関係ないが、ブルーノートのステーキは柔らかく美味かった。これはお薦め、ただ量が半端でなく多く(14オンス400g30$)一人では食べ切れなかった。このステーキに限らず、NYの一人分の食べ物の量は概して多い。街も太目の人が目に付いた。
チャージ料35$


ヴィレッジ・バンガードはデーターと照らし合わせた限り昔のままであった。台形に四角いスペースをくっ付けたいびつな店内、ステージの左前方には柱が立っており死角ができるテーブル席、クッションもない固い木の椅子、薄汚いトイレ...。
ヴィレッジ・バンガードはその歴史と伝統を引きずらざるを得ない宿命を背負っているのか。先人達の残した余りにも偉大な名演奏の数々が、箱自体を縛り付けている。その呪縛があるからこそ、私のようなお登りさんが聖地巡礼の名のもとに連夜訪れる。あーここでエバンスがラファロと熱演を繰り広げたのか、と思いたいからこそ訪れるのであって、形が変わっておしゃれに改装されたり、バーのグラスのぶつかる音や地下鉄の響が聴こえてこないと、観光目当ての客層は激減するかもしれない。現役のミュージシャンにとってもここでの演奏は自己のステータスを上げる登竜門に違いない。
今夜はビル・チャーラップトリオの演奏で、店内はどういうわけか超満員になった。ニューヨーカーはこういうスタイルのピアニストが好みなのだろうか。確かに巧い演奏だとは思う。割とスローテンポでハーモニーも美しい。しかしどうもこのカクテルピアノチックな演奏は眠気を誘う。固い椅子だったが終始うとうととしていた。コンディションが良かったらもう少し積極的に演奏を楽しめたかもしれないと思うと幾らか残念ではあった。
3ヶ所のライブハウスで写真撮影が禁止されていたのはこのヴィレッジ・バンガードだけであった。勿論演奏前は撮影は自由だが、演奏中はノーフラッシュでも撮影はダメであった。因みにブルーノートもバードランドでもノーフラッシュであれば演奏中でも写真撮影は許可されている。
ヴィレッジバンガードで少々興ざめだったのはオーナーの経営方針か、とにかく詰め込めるだけ客を詰め込み、非常に窮屈な思いをした。
ワンドリンク付チャージ料35$




【苦渋】


キャスティングと会話にひとひねりがあり、観終わってから自然に笑みがこぼれた。スモークにしろこの映画にしろ、映画館で観るより自宅のプロジェクターで珈琲を飲みながら煙草を燻らせリラックスして観るのがいい。
10/04
【Tips 2 VEB】
伊佐資さんからデンテックのVEB10-5をお借りし、ついでにセッティングを手伝って頂いた。一人では瞬間接着剤で取り付けたBDRのコーンは取り外しが艱難である。スピーカーを持ち上げてもらっている間にハンマーで横からコーンを叩く。二人がかりで従来のBDRのコーンとジャンボピッツを外しVEBをセットする。

このVEBは特殊合金のハウジングの中に玉砂利が詰められており、設置物の自重でプレートが沈み込みようになっている。4348を乗せた直後は3点支持でもいくらかガタつきがあったが、スピーカーを揺らしている間に玉砂利の座りがよくなり4348に根が生えた如く微動だにしなくなった。


大袈裟なことをいうと、「ほれまた始まった」と嘲笑されるので、控えめにしたい。DENTECとは何の関わりもないので自由にものが言える。提灯評価をして取り入ろうなどという下心も皆無である。
しかしながらBDRと比較すると、明らかに音の解像度が上がった。低域の締りが俄然良くなり中高域の伸びもいい。音離れが良くなり音楽が活き活きと鳴り響く。今まで使ってきたインシュレーターの中でタイト方向の音質改善には一番効果的あると感じた。ファットな音調を好む人には向かないかもしれない。
借りなければよかった。私好みの音の変化に、返すのがいやになってしまった。罪作りですよ伊佐資さん。
【ルームチューニング】

サーロジックのLVパネルが完成したので、惣野さんのお宅のルームチューニングが開始された。LVパネルをセッティングする前にまず部屋の音響特性を計る。スピーカー軸場1mや試聴位置での定在波を計ったり、各周波数帯域の残響特性を調べる。試聴位置では40Hzと100Hz辺りにディップがある。村田さんはフラッターエコーの影響と仰るが、前後の帯域では基準値に持ち上がっているので、音楽を聴く分にはそれほど影響はないとのこと。因みに試聴位置での平均残響時間は0.38secであり、割とデッドな状態であった。

測定後LVパネルをセットして効果の確認を行う。音を出す前に感じたのは、パネルセット後、人の会話がとても聞きやすくなったことである、小声で話しても声がよく通るようになった。音楽を流すと以前と比べて各楽器の音に躍動感がある。スピーカー後方のLVパネルの効果であろうか、拡散面が増えたことにより音に立体感が出てきて各楽器の輪郭もよりはっきりしてきた。ボーカルは僅かであるが口元が小さくなり前方に定位する。
スピーカーと試聴位置との中間辺りで若干フラッターエコーが残っているが、これは次のチューニングの課題となった。

【MC240とマランツ#2】


安西さんの所でMC240とマランツ#2の聴き比べを行った。ともに甲乙付け難い。聴くソフトによってはMC240の芳醇でゴージャスな音が似合う物もあるし、#2の丹精で彫りの深い音が音楽性を高めてくれる。
【OursHours】
お店がオープンした当初からジローさんやinaiinaibaさんに遊びに行こうと誘われていたが、どうもタイミングが合わず延び延びとなっていた。店主青木さんはMEGの常連なので何度かお会いはしていたが、お店に顔を出すのは今日が初めて。
レコードショップでビールを飲みながらえさ箱を物色する、なんてことは考えたこともなかった。聴いてみたいレコードが見つかったら、気軽にリクエストして音を聴かせてもらう。曲がかかったらソファーに深々と座り煙草を一服する、まるでJAZZバーか往年のJAZZ喫茶ではないか。しかもそのレコードにまつわるエピソードや詳しい解説付き。そんな客のわがままを聞いてくれるのが、渋谷の中古レコードショップ「OursHours」。

時間のできた週末に訪問するのがいい。たっぷりと時間をかけて好みのレコードを探すことはもとより、貴重なオリジナル盤を何枚も何時間でも聴けるのがありがたい。


以前から欲しかったトニ・ハーパーやウイントン・ケリー等のオリジナル盤を何枚か購入する。併せてSPも5枚ばかり。
【再来】
コンサルティングと講演のため全国を精力的に飛び回っている伊藤さんが、寸暇をさいて来宅される。今回はわざわざ大阪からデリケートで壊れやすいシェラック盤のSP、そして珍しいEP盤を何枚か持って来て下さった。有難いことです。しばし’40〜’50年代の音を楽しませて頂いた。録音は古く音源もダイナミックレンジなど狭いはずだが、音楽が活き活きと聴こえる。演奏者も録音技師も一発勝負の真剣さが聴く側を熱くする。


ピカリングのNC/APはコストパフォーマンスがとてもいい。針先の交換だけでSUTEREO・MONO・SPのレコードが聴ける。伊藤さんはプレーヤーがEMTに昇格したので、このカートリッジは聴けなくなったということでお譲り頂いた。SPは気軽には聴けないが、このカートリッジはSP入門者の私にはうってつけの代物だ。ソフト自体に力があるので、余りカートリッジを選ばないのかもしれない。

【Tips.1 中間スイッチ】
MC240には電源スイッチがない。古いマランツも同様で、当時はプリアンプの電源スイッチに連動して電源が入る仕様になっている。仕方がないのでMC240は電源入り切りをプラグの抜き差しで行っていたが、これはいささか面倒である。かといってオリジナル電源コードを切って間にスイッチを入れるのは気が引ける。出来合いのスイッチを壁コンとプラグの中間に挟むのもオーディオ的には面白くない。
そこでT・H Labさんに頼んでブレーカーを改造した中間スイッチを作って頂いた。ブレーカーの入出力端子にインレットとアウトレットを取りつけたのだが、これはとても使いやすい。ブレーカーは少し奢ってクライオ処理の物を使う。これでMC240の電源のON/OFFがとても楽になった。


 
【Stingrayのある風景 U】
ALTECのA7のためにStingrayを導入された小川さんのお宅に遊びに行く。小川さんは長年コンラッドジョンソンのプリ・パワーでA7を鳴らしていたが、パワーアンプの調子が悪くなり次期管級アンプを探しておられた。我が家でStingrayに出会い、その音色が気に入りA7を鳴らしてみようという気になったそうだ。暫く休眠していたA7をフルメンテナンスしてStingrayを出迎えた。


小川さんは二十代前半より長年イタリアで建築家・デザイナーとして活躍され多くの業績を残されていらっしゃる。日本に帰国された時はこの山梨の別荘で仕事のBGMとして音楽を楽しんでいらっしゃる。A7とSTINGRAYのコンビはBGM用にはもったいないほど活き活きと音楽を奏でていた。


9/18
【村田さんのチューニング 前哨戦】

惣野さんの所でサーロッジクの村田さんの手によるルームチューニングが行われた。今回は音響の変化を探るためのデモンストレーションとしてLVパネルを車一台分持ち込こまれ、あれこれとセッティングを施した。4時間余りの調整でチューニングの方向性が決まり、2週間後にカスタムチューンのパネル類が完成し本格セッティングの第一歩が始まる。
先日の松本さんのアポジーの様なダイポール型スピーカーではなく、通常のスピーカーではルームチューニングはスピーカー背面とリスニングポジションの背面を反射性を高めたライブな造りにすることが原則であると村田さんは仰る。「殺すのではなく活かす。音を吸音で調整するのではなく、積極的に反射させパネル等でコントロールすると音楽が楽しく聴ける」というのが村田さんの持論である。

チューニングに立合い感心したことは、フラッターエコー対策である。フラッターエコーを除去するのに、凹凸スノコ状のパネルを床に2枚置いただけで、ものの見事にフラッターエコーがなくなり、音は勿論人の話し声が非常に聴きやすくなった。

両日異なる方法論によるチューニングにる音の違いを確認できて非常に参考になった。
【APOGEE DIVA】

リスニングルームに足を一歩踏み入れると、ガクと膝が沈み込む。段差およそ40cmはあろうか、廊下より二段低い床は大地に直接接地されており、根太の上にボード敷く通常の床上構造ではない。地面にコンクリートを流し込みその上に床材を貼りカーペットを敷いている。松本さんはその昔家を建てるときから、専用のオーディオルームとして使うことを目的として今の部屋を設計されたそうだ。当初JBL4343が鎮座しており、かの瀬川セッティングや井上メッソッドをタイムリーに実践されいらしたというから、年季の入ったオーディオファンである。
紆余曲折を経て、今この部屋にモノリスのように聳え立っているのが、アポージーのデーヴァ。もっとも今のセッティングに落ち着くまでにも、反対側の硬い壁を背面にしたり、或いは縦方向にセッティングしたりと、様々な試行錯誤があったという。
アポージーはリボン型スピーカーでユニット前面のみならず背面からも等価で音波が放射される。スピーカー背面が硬い壁の場合、リスニングポイントでは直接音と背面の1次反射音とのタイムラグが発生してエコーが乗ったり音像がぼけたりして音の定位感が失われやすいとおっしゃる。苦肉の策として松本さんは背面をデッドにして1次反射の音を吸収させた。背面のカーテンを開けてびっくり!なんとその吸収材に使われていたのが「西川の無圧マットレス」であった。

もっともこの方式は理に叶っている。松本さんからこのような解説を紹介された。ステレオサウンド131号・204ページより抜粋。
「アクースタットとアポジーという、ダイポールのスピーカーと20年近くつきあってきて
腐心したのは後部に出る音の処理だった。部屋が広ければ、スピーカーの前後を
ほぼ等距離にしてスピーカーをセッティングする。でも自分の部屋ではスピーカーの
後ろへの距離は限られる。そのため後部の吸音こそ使命といろいろやってみた。
スピーカーの後ろに丸めた布団を立て掛けたり実験した。ところがだ、ある時、左右
のアポジーの中央後ろの壁に布団を取り敢えず立て掛けたまま、その日のうちに聴
いて音楽紹介を書かなければいけないCDを2〜3枚聴いていたら、ステレオイメー
ジが出る。左右のスピーカー中央の奥の壁の音響処理が大切だと気付いたのだ。
これでQRDのアブソーバーを導入することとなった。スピーカー直後の位置(約60
センチ後方)の吸音だけに腐心していた自分が幼稚だったと知る。
QRDのアブソーバーを左右のスピーカーの中央奥に置くことは、現在のノーチラス
でもステレオイメージの提示を助けている。スピーカーから後ろの壁までの距離が
大きく取れない場合、アブソーバーによって音場の奥行きがでる。これはダイポール でも通常のスピーカーでも同じだ。」
|
松本さんはこの記事を読む前から試行錯誤の結果、ご自分の判断で西川の無圧布団を選択されたそうだ。さすがに実践から得られた経験値の積み重ねは、いい音を探り当てるコツのようなものが養われるものだと思った。QRDではなく廃物利用の無圧布団というところがユニークかつ斬新なアイディアで、松本さんの柔軟な発想に大いに触発を受けた。
その音響処理された部屋でアポージーを聴かせて頂いた。今まで聴いてきたどのスピーカーとも異なる音の出方であり、音場感である。リボン型スピーカーに対する今まで抱いていた「優しい或いは柔らかい音」というイメージはガラッと変わった。ダイレクト・ラジエーターやホーン・ドライバーでは出せない独特の音色は弦楽器の擦る音、ボーカルのしっとりとした音を一層艶やかに奏でてくれる。低音の量感もたっぷりと出ており裾野の広がった雄大な富士山を連想させる音である。
低域の量感と力強さはアポジーのセッティングのみならず、アンプ類のチューニングにも秘密があった。伊藤さん発案のもと石田さんの手による電解コンデンサーの追加が決めてのようだ。

9/14
【SPに触れる】
大阪の伊藤さんが東京へ出張のついでに我が家に立ち寄って下さる。伊藤さんは十代前半から絶やさず音楽を聴いていたが、オーディオへの関わりには少しブランクがあったそうだ。しかしここ数年再びオーディオに熱が入り、一気に高みに向かわれた。JENSENのインペリアル(3way)をマッキンのC20とMC60という整流管コンビで鳴らし、古めのJAZZやボーカルを聴いていらっしゃる。SPにも手を染めてEMTのプレーヤーや手巻き蓄音機で楽しんでいるとのこと。
お土産にSPから焼いたB.B.キングのコンピュレーション盤やC.ブラウンのフェイバリット集を持ってきて下さった。自作のジャケットやCDへの印刷には趣味の域を超えたクオリティとセンスの良さが光っている。CD-Rに焼いたB.B.キングのギターの音色はまるでギターアンプ&スピーカーを直接聴いているようで、SPの音源の持つ力・訴求力に惹き付けられた。

日を前後して久しぶりに岡さんがご友人の渡辺さんをお連れして遊びにいらっしゃる。私がSPレコードに興味を持ち始めたことをどこで察知されたのか?不思議である。貴重なSP盤を数枚持ってこられた。伊藤さんにしろ岡さんにしろ同じ時期に申し合わせたようにSPの音源を持って来られたのは、私にSPの洗礼を受けさせるための陰謀かと思ったりもした。



かつてコレクターズのオーナー 岡 郷三さん JAZZレコードの生き字引のような方である。

その後のベンツマイクロL04
筆おろし直後酷評したL04の初期バージョンだが、その後振動系やコイルのエージングが進んで来た性か美音を奏で出してきた。高域の繊細感はそのままで、音に厚みが出てくるようになった。カートリッジにもエージングは必要だと痛感する。だんだんと私の知っているL04の音色に近づいてきた。エージングが進むに従ってサーフェースノイズもおとなしくなり、神経質な面も影を潜めるようになってきた。岡さんもこの音に興味を持たれ、近々岡さんのお宅で新旧のL04の聴き比べを行うこととなった。

ランサー101で音楽を聴く時間が増えたのでソファーの位置をランサー対抗面に移動した。
9/13
【200V仕様のその後】
20.5を200V仕様にして一週間以上経過した。今まで15年以上に渡り100V仕様で使われていたので、トランスに何らかのストレスなり不具合が発生するかもしれないという思いもあったが、今のところトラブルはなく順調にJBLを駆動している。トランスが両方の巻線使用でバランス化し、フル稼働しているのは精神的にも心地よい。
200V仕様にして一番変化を感じたのは静粛性の向上である。S/N比が上がり聴感上もノイズフロアーが一段と下がった。空気感や音の佇まいといった雰囲気のみならず、ボリュームを上げてスーパーツィーターに耳を近づけても残留ノイズがなく無音である。200V仕様のグランドアース効果が確実に出ている。
音色・音質の変化は感じられないが、音の出方は微妙に変化した。20.5は中高域以上の帯域に使っているが、音のエネルギー感が一段増して抜けがよくなった印象だ。ところが低域との音圧バランスが少し崩れ、中高域のエネルギー感が増加した分だけ低域の音圧が弱まった印象である。耳を頼りにチャンデバのLOWのレベルを0.2dBほど持ち上げてみた。気持ちの問題かもしれないが、レベル的にはこれでバランスがとれたように思う。

週末、あるイベントに参加の途中で立ち寄られた惣野さんと伊佐資さんに200V仕様変更後の音を聴いて頂いた。惣野さんは変更直前までの音を聴いて頂いているので、変化の様子がお分かりになる。S/Nは確実に上がっているとのこと。伊佐資さんは我が家の音自体始めて聴かれるので全体のバランスを確認していただくには都合がいい。

お二人の評価は、一定の音量以上(といってもかなりの爆音だが)での低域の膨らみが気になるが、低域と中高域のバランスはまあまあのレベルとのこと。但し惣野さん曰く「ミッドバスの領域は低域の量感に押されて引っ込み気味なのは従来と変わりはない」とのこと。これは当面の課題である。
9/10
|